ボートレーサー215人処分は異常/持続化給付金

日本モーターボート競走会は2021年4月28日に会見を開き、持続化給付金を不適切に受給したとされるボートレーサー215人全員に対し、出場停止や戒告の処分にすると発表した。この215人は全員、給付金を返還したか、または返還手続き中である。

同様の問題は競馬界でも起こっていた。公営ギャンブルである競馬・競艇の世界で相次いで起こった不適切受給の問題について、報道やSNS上では連日批判の声が上がっている。

しかし当ブログでは、競馬関係者による持続化給付金不正受給問題についての記事でも書いた通り、この問題を「競馬・競艇だから悪だ、公営ギャンブルだから悪だ」という単純な感情論で片づけることはせず、あくまで公平中立に持続化給付金という制度に照らし合わせて考察していきたいと思っている。

競艇界では、ボートレーサーの給付金受給者215人中、215人全員が不適切受給とみなされて、給付金を返還することとなった。この返還率100%という状況は、ハッキリ言って異常である。

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持続化給付金とは

持続化給付金とは、2020年に猛威を振るったコロナウィルスの影響により売上が激減した事業者に対し、個人事業主なら最大100万円、法人なら最大200万円の給付金が支給されるという国の制度。

多くの支援制度がある中で、この持続化給付金は額が大きく、また支給のための要件・審査も極めて緩いので、最終的に424万件を超える膨大な量の申請があった。その総支給額は5.5兆円にものぼる。このような「金のばらまき」とも言える制度は、他に類を見ない。

持続化給付金を申請するための要件は、1つは個人事業主(または法人)であるということ、もう1つは前年(2019年)比の売上が50%以上減となった月があること。他にも細かい規程はあるが、おおまかに言えばこの2つの要件さえ満たせば給付金が支給されるという、まさに破格の制度となっている。

日本モーターボート競走会の処分

持続化給付金を受給した215人のボートレーサーは、申請理由などによって処分の内容が5段階に分けられた。

申請理由 申請時期(※1) 処分 給付金返還命令 人数
フライングによる斡旋停止(※2) 注意喚起以降 出場停止4ヶ月 返還 11
フライングによる斡旋停止(※2) 注意喚起以前 出場停止4ヶ月 返還 13
私傷病および公傷など 注意喚起以降 出場停止2ヶ月 返還 19
私傷病および公傷など 注意喚起以前 出場停止1ヶ月 返還 24
コロナウィルスの影響(※3) 戒告 返還 148
合計 215

おわかりいただけるだろうか。この表の中に「不適切受給ではない」という分類は無い。つまり、持続化給付金を受給したボートレーサーは全員、理由の如何に関わらず「不適切受給」の烙印を押されてしまっている。

しかも、215人中148人(約7割弱)は、コロナウィルスの影響により収入が減少したにも関わらず、不適切受給という扱いになってしまっている。競走会内部での処分は「戒告」という一番軽い処分になっているが、この148人も給付金は返還するよう命じられている

持続化給付金とは、コロナウィルスの影響によって売上が激減した事業者のための制度だ。この148人は、まさにその制度の趣旨に則って、正当に持続化給付金を申請して給付金を受け取った。にもかかわらず、戒告を受けた挙句、給付金の返還まで命じられている。このような事態は、一般の事業者の感覚からすれば、異常と言わざるを得ない

(※1)競走会は2020年7月、「ボートレース業界はコロナ禍においても開催日数は減少しておらず、選手が持続化給付金を受給することは制度の趣旨・目的に合致せず、不正につながりかねない行為である」とし、選手に対して持続化給付金の申請をしないよう注意喚起を行っていた。

(※2)競艇のレースでフライングをした場合、その選手が絡んだ舟券は全額払い戻しとなり、オッズも再計算される。要するに、客と運営側の双方に損害を生じさせる行為となる。陸上競技のように「フライングしてもまたスタート地点に戻ればいい」という簡単な話ではないので、フライングした選手には30日間の斡旋(出走オファー)停止などの厳しい処分が科される。この斡旋停止による売上減を「コロナウィルスの影響による売上減」であると偽って持続化給付金の申請をした選手には、重い処分が科されている。

(※3)この度の処分を発表した記者会見において、コロナウィルスの影響として例示されたのは以下のようなケース。

  • 感染者や濃厚接触者に指定され、あるいは開催中止や打ち切りとなり、出場斡旋に影響を受けた
  • 感染症拡大予防などのための競争不参加、前検不合格、途中帰郷
  • ボートレース以外の事業収入(副業)の売上減

記者会見での質疑応答

日本モーターボート競走会がボートレーサーへの処分を発表した記者会見での席で、質疑応答が行われた。その中で、少し気になったものをいくつか挙げてみる。

Q. フライング辞退による受給は「不正」ではないのか
A. 持続化給付金制度に対する理解不足が要因の、モラルに反する「不適切」な行為であり、故意や作為的な「不正」な行為とは考えていない。不正か否かは私どもが判断できるものではなく、最終的には中小企業庁の判断によるものと考える。

Q. 選手の故意・過失は関係なく、手続きとして不正なのではないか
A. 最終的には、中小企業庁の判断によるものと考える。

Q. コロナの影響があるのにもかかわらず戒告の処分としたのは、どういう理由か。副業も同様か
A. 「公営競技の選手」という立場である者が受給することは、ボートレース事業がコロナ禍であっても持続されている事業であることからすると、問題であると考える。副業についても同様である。

これらの質疑応答から読み取れるのは、競走会は一貫して「不正」ではなく「不適切」という表現を行っていることである。「不正」であるか否かを判断するのはあくまで中小企業庁であり、競走会が「不正=法を犯した」と断じる権限は有していないと主張している。

この点は非常に重要である。競走会は選手たちに対して、「不正=法を犯した」と言っているのではなく、「不適切=競走会自身が決めたローカルルールに違反した」と言っているのである。

競馬・競艇の不正受給問題が明るみに出てから、報道でもSNSでも、「あいつらは不正をした! 法を犯した! なぜ逮捕されないのか!?」という感情論が大勢を占めている。このような感情論に埋め尽くされるというのは、法治国家としては極めて危険だ。その点において日本モーターボート競走会は、このような暴走した世論から、ある意味選手を守ったのではないだろうか。

ローカルルールは法律よりも厳しい

当ブログは、競馬関係者による持続化給付金不正受給問題についての記事でも書いた通り、持続化給付金は一般事業者が有する当然の権利であり、公平中立に競馬関係者や競艇関係者の給付の権利を判断すべきであると主張している。

一方で、JRAや日本モーターボート競走会のような「取引先」が、「中小企業庁の給付判断基準に加え、独自に厳しい条件を課する」というローカルルール(=内部規定)を定めた場合は、選手や関係者はそれに従わなければならない。

本来、個人事業主というのは独立した個人の事業者であり、その事業のやり方について他人から内政干渉をされる謂れはない。しかし、取引先が「あなたのような人とは取引しない」と言って取引を打ち切るのもまた自由。そのガイドラインとしてローカルルールを定めるというのは、よくあることである。

特に、競馬関係者や競艇関係者、さらにはスポーツ選手や芸能人のような個人事業主の場合は、税務的にはその人たちの区分が「個人事業主」であったとしても、実態としては雇用のような関係である場合が多い。

この場合における取引先(=JRA、競走会、芸能事務所、etc…)は、税務的には雇用主ではないけれども、一般の会社が社員に対して社内規定を課するのと同様に、何らかのローカルルールを定めたほうが双方にとってメリットになる場合が多い。

これはちょうど、学校における校則にも似ている。髪を染めてはいけない、アルバイトをしてはいけない、18歳になっても高校を卒業をするまでは車の免許を取ってはいけない、などなど。これらはいずれも、法を犯しているわけではない。あくまで、学校の中のローカルルールに違反しているだけである。もしこのローカルルールが嫌なら、学校を辞めればいいだけのことである。

ローカルルールというのは、法律よりも厳しい。日本国の法律に加え、さらに厳しい規程や制限を課すのがローカルルール。

競馬界や競艇界においても、「選手や関係者はいかなる理由であっても持続化給付金を申請してはならない」というローカルルールを定めたのなら、それがその世界での掟。もしその掟に従わずに給付金を受給したいのであれば、公営競技の世界から身を引けばいい。ローカルルールという縛りの無い一般事業者として正当に持続化給付金の申請をするだけなら、誰からも不正だの不適切だのと言われることはなくなる。

コロナウィルスの影響によって収入が減少して持続化給付金を受給した148人のボートレーサーは、日本モーターボート競走会という世界の中ではルールを破ったかもしれないけど、決して日本国の法律を犯したわけではない。この点を混同した必要以上の批判が世論の中に侵食していくことだけは、私は断じて容認できない。

税理士の見解

私はよく、税務的な知識を得るために、税理士・会計士・元国税調査官などのyoutuberの動画を視聴している。

彼らは持続化給付金や不正受給などの話題を多く取り上げているので、当然この競馬・競艇の不正受給・不適切受給についても言及しているはずである。そう思って動画を検索してみたのだが、そのような話題が一切無いのである。大手税務系youtuberであればあるほど、この件については一切口を閉ざしている。

そんな中で唯一発見したのがこちらの動画。JRAの不正受給問題については8分30秒あたりから。

要約すると、不正受給であるかどうかは個別のケースごとに判断すべきであって、競馬だからとか競艇だからという理由で全員不正だと断じるのはおかしいと述べられている。

おそらく他の大手税務系youtuberも同じご意見を持たれていると思う。こんなもの、個別のケースごとに判断しないとわからないのだから、競馬界・競艇界全体で話をとらえるべきではない。だから現時点では何も言及できないので動画をアップしていない。…と私は推察する。

ちなみに、競馬系youtuberや競艇系youtuberはこの件についてたくさんの動画を上げている。「不正だ! 許せん!」と、みんな口を揃えて。

実は競艇界のこの処分は世論への暗黙のメッセージ?

日本モーターボート競走会もJRAと同じく、法律的には受給資格のある選手たちを「不適切」だと判断して給付金を取り上げ、選手たちを守ろうとせず、世間の批判をかわすためにトカゲの尻尾切りのように処分したように見える。

…一見そのように見えるが、少し別の角度から見てみたいと思う。

先ほどの受給者215人の内訳でもわかるように、148人はコロナウィルスの影響によって売上が減少したと回答している。つまり、法律に則れば何ら不正でも不適切でもない選手が7割弱居ると発表しているわけである。

これに対し、競馬関係者の受給に関してJRAが発表したのは、165人が受給したという事実のみ。その申請理由については内訳が無い。実際、JRAが給付金を受給した関係者に対して行ったアンケートには申請理由を書く欄が無く、ほとんど誘導尋問に近いものだったという情報が以下の動画で述べられている。

これと比較してみれば、競艇の場合は、しっかりと「コロナウィルスの影響によって収入が減少した」と回答する権利を選手に与えている。そしてその数字をしっかりと公表している。さらに、「この件を『不正』ではなく『不適切』と表現する。不正かどうかは中小企業庁が判断する。我々(競走会)は我々の内部規定に選手が違反したかどうかのみを判断する」という趣旨のメッセージを明確にしている。

世論の批判をかわしつつ、選手たちに不当に犯罪者のレッテルが貼られないようにうまくバランスを取った。…と考えることもできるような気がする。

実際、SNS上で競馬関係者の不正受給問題について言及している人のうち批判的な意見は99%くらいだったが、このボートレーサーの処分内容が発表された後の競艇関係者に対する批判意見は95%くらいに減少しているように思う(それでもまだまだ多いが)。

感情論が世論を支配してしまっていた状況に対して、競艇界は処分の内訳を公表することによって、それが何を意味するかを自らは言わずとも、「数字を見て冷静に考えろ」という暗黙のメッセージを発していたのではないだろうか。

そのメッセージを受け取った人は確かに居て、「全員処分はおかしいかも」という声が確実に1人2人と増えてきていることを、私は実感している。

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