情報商材を買ったときの話

僕が「情報商材」と称するものを買ったのは後にも先にも一度だけ。あれは確か、中学3年の頃…。

スポンサーリンク

驚異の記憶術

高校受験を控えていた僕は、受験のための暗記をもっと効率よくできないか、と考えていました。実はそんなもの無くても成績はいいほうだったし、受験する予定の高校は名前さえ書ければ合格できるほどの公立高校(決して底辺ではなく、中堅くらい。公立高校ってそんなもん)。

だから、一応「受験のため」という名目ではあったけど、なんかこう、画期的な記憶術を会得できれば将来的にも役に立つかなぁと思って、9800円だか何だかで「驚異の記憶術」ってやつを買いました。いや、親に買ってもらいました。これで記憶の奥義が身に付くかもしれない!

モノは、その筋の権威とかいう何山何之助だったか忘れたけど、名前も聞いたことの無いおっさんが驚異の記憶術を解説するカセットテープ。本とかじゃなくて音声テープなわけですね。

再生してみると、声はじじいっぽいけど、はつらつとした活気のいいしゃべりで、その奥義を解説していくのが耳に入ってきた。

「覚えるものをイメージしなさい。そして頭の中で絵にするのですッ!」
「その絵と言葉を結びつけようッ!『あ』から始まる言葉なら『あ』の文字を同時にイメージするのですッ!」

えっ、これが驚異の記憶術……?

おっさんの声が無駄に元気がいいのが妙に恥ずかしくなってきて、最後まで再生することなくラジカセの停止ボタンを押しました。そしてそのままゴミ箱へ。

情報商材とはつまり、やる気の起爆剤

人間というのは基本的に怠惰なものです。人間は生まれながらにして7つの罪を背負っているといいます。すなわち、傲慢・嫉妬・憤怒・強欲・暴食・色欲、そして、怠惰

「今日やれることはすぐやる」「面倒なことを後回しにしない」「やる前から失敗を思い描かない」などなど、これらの耳に心地のいい言葉は、わかってはいるけどなかなかできないことです。こんな簡単なこともできないまま、人間は何千年も悩み続けているのです。人間が人間であるゆえに。

怠惰という罪から逃れるために、情報商材というものに手を出す。もしお金を出して解決するなら安いもんだ。それ自体は悪いことだとは必ずしも言い切れません。「お金を出して解決しよう」と思うその気持ち、それこそが怠惰から逃れる最初の一歩であり、最初の一歩を踏み出せたことは素晴らしいことです。

もっとも、そんな方法でなくてもやる気を出す方法はいくらでもあります。お金なんて出さずにやる気が出るなら、それに越したことはありません。でも、「情報商材を買う」という行為がやる気の起爆剤になるなら、それはそれでいいことなのかもしれません。

何山何之助という「権威」

その情報商材を書いた人間がとても著名な成功者だったら、「今日やれることはすぐやる」という当たり前のことであっても、その人の口から語られるというだけですごくありがたい言葉に聞こえることでしょう。

僕が中学のときに買った「驚異の記憶術」も、「ワシはすごい」みたいな感じでドヤ顔してるおっさんが広告に載ってました。何山何之助だったか忘れたけど、なんかすごい感じがする。すごいからすごい。そしてカセットテープから流れてくる声は、とても自身に満ち溢れた元気のいい声。

大したことを言ってなくても、この人の言う通りにしていれば記憶力がアップするような気がする…。そう思わせるだけの迫力がありました。

自分が情報商材の書いてある通りに行動する。それをこの権威者がほめてくれる。おお、わたしもあなたのようになれる気がする…! 便所に立て掛けてある日めくりカレンダーに書いてあること以上のことは何も言ってないのに、この「権威」が口にする言葉は全て素晴らしいことのように思えてくる!

「権威」の後ろ盾が得られれば、もう怖いことはありません。自分を支配していた怠惰という罪から今こそ逃れることができるのです。「権威」が自分の背中を押してくれる。それによってやる気が出るのであれば、何千円何万円という情報商材の値段は決して高くないのかもしれません。考えようによっては

奥義なんて無い

崇拝し心酔している人の書いた情報商材というものは、人にやる気を出させるという意味においては、それなりに価値があるものだと思います。でもほとんどの場合、そこには奥義は書かれていません。そもそも情報商材に手を出すような人は、基本的に他の人より怠惰な人。その情報を読んで「すごいすごい」と思っても、自分自身が行動を起こさなければ何も変わらないのです。

そのあたり、購買者に「すごいすごい」とだけ思わせておいて、できるだけ技能面は向上しないように購買者を生殺しにし、次なる情報商材第2弾を買わせる…というようなテクニックにも彼らは長けていると思います。それはビジネスセンスというやつですし、批判するつもりは無いですけど。

こういう商材屋稼業を真似しようとしても簡単にはうまくいきません。奥義を書くわけでもなければ、権威も無い。そんなどこの馬の骨かもわからん有象無象が、二番煎じで「毎日の習慣が未来を変える!」とかそれっぽいこと言っても、何の価値も無いわけです。

それっぽいことを言うだけでも価値を生み出せるのは、ほんの一握りの人間。情報弱者から搾取することを屁とも思わないような、モラルを捨て去った鋼のメンタルを持つ人間だけが、これに値段を付けて売ることができるのです。それはもう天性の能力と言っていい。そんなもの、普通の人には真似できません。

変わるきっかけはどこにでもある

僕が常々言っているように、サラリーマンだからだとかフリーランスだからだとか、そういう所得獲得方法の違いによって人間の優劣があるわけではありません。どちらにもそれぞれいい面と悪い面がある。人によってどちらのほうが合っているかという適性がある。

生活スタイルを大きく変えることが人生を変えるきっかけになる場合もあるし、今の境遇のままでも人生を変えることは十分にできる。

逆に、何をやっても怠惰なままなら、生活スタイルを変えたって何も変わらないし、今の境遇のままだとやっぱり何も変わらない。

情報商材とか、いろいろやってみることは必ずしも悪いことじゃないけど、自分という人間を日々少しずつ磨くことを忘れないようにしたいものです。あなたも、わたしも。

スポンサーリンク