「好き」を仕事にするのは誰でもできる

子供の頃、大人になったら何になりたいと思っていましたか? スポーツ選手? 飛行機のパイロット? お医者さん? 学校の先生? 警察官? それともyoutuber?

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「好き」を仕事にできれば最高

我々は日々仕事をしなければ食べていけません。しかし仕事はつらいもの。毎日好きなことだけをして生きていければどれだけラクなことか。「好き」なことがそのまま仕事になっていれば、それはとても楽しい人生になるはずです。

しかし、好きなことをやっているだけで儲かるような職業はなかなかありません。子供の頃に夢見ていた職業はまさにその「好き」なことなわけですが、どれもこれも敷居の高いものばかり。

スポーツ選手になれる人なんてほんの一握りです。パイロットも医師も教師も警察も、ある程度優秀な成績でないと就くことができない職業です。youtuberをはじめとする芸能人などの類も、これまた狭き門でしょう。

多くの人は大人になるにつれ、子供の頃に抱いていた夢を諦め、やりたいこととはまるで違う仕事に就きます。好きでもない仕事をし、好きでもない会社で働く毎日。そんな仕事にやる気なんて出ないから、業務成績が伸びることはなく、給料も増えない。まさに負のスパイラル

ああ、「好き」を仕事にできれば最高だったのに…。

生き生きと仕事をする人の事例

いつかテレビで見たことのある、とある開発者の例を紹介しましょう。彼は自分の会社で、とても生き生きと仕事をしてました。「好き」を仕事にできている人なのでしょう。その彼が携わっている研究開発のた対象、それは…

便器

そう、便器です。僕たちが毎日ひり出したうんこを優しく受け入れてくれる、あの便器です。

座り心地は年々改良が加えられています。ひり出したがこびりつかないよう、素材にも気をつけなければいけません。流れる水は、物理学・流体力学を駆使して、いかに効率よく威力を出すかを考慮しつつ、それでいて外側に飛び散らないようにするという困難な矛盾を解決する必要があります。ウォシュレットや便座ウォーマーなど、搭載すべきオプションにも妥協は許されません。それら技術的難題を全てクリアしつつ、デザインはオシャレに。ただの汚物収集器を美しいお花畑に見せるかのような芸術的センスもまた必要です。

最新最強の便器を開発すべく日々仕事をする彼は、とても生き生きしてました。彼は子供の頃から便器職人になりたかったのでしょうか? 幼い頃に便器に命を救われた経験があり、それで便器職人を目指すことを決意したのでしょうか?

否。そんな奴いねェよ。

彼も子供の頃は、子供の夢として抱きがちなスポーツ選手とか芸能人とか科学者とかになりたかったのでしょう。しかし大学を卒業し、「とにかく大きな企業に就職できればいい」という誰もが通る就職活動を経て、結果的に便器会社に就職することになりました。

初めは営業職だったかもしれません。研究開発チームに所属するようになってすぐの頃は、ただただ上司の指示でデータを取るだけの日々だったのかもしれません。

しかしそういう日々を送る中で彼は才能を開花し、研究開発の主任を任されるまでになりました。自分の力を発揮すれば、もっとよりよい便器を開発することができる。便器から跳ね返ってくる「お釣り」に苦しんでいた1億人の民を救うことができるかもしれない。

そのテレビのドキュメンタリー番組では彼がどのように出世したのかは語られていませんでしたが、なんとなく想像がつきます。

彼はおそらく、主に物理学が得意だったのでしょう。水の動きを解析する流体力学や、人間の姿勢にかかる負荷を調べる人間工学。それらを物理的な方程式によって導き出せば、何かの素晴らしい価値が生まれる。

そういう過程こそが、彼の「好き」だったのではないかと思います。その対象がたまたま便器だったというだけであって、彼が好きなことの本質はそのような物理学による問題の解決。彼はまさに「好き」を仕事にしている人でした。

大人になるにつれ「好き」なことは具体化する

僕の例を紹介しましょう。

僕は子供の頃、ゲームプログラマーになりたいと思っていました。小学生の頃からファミコンで遊んでばっかりの陰キャオタクだったんですが、自分で遊ぶだけじゃなくて、ゲームを作ってみたいと思うようになりました。

高校生になって初めてパソコンを買ってもらい、子供の頃ほど「ゲームを作りたい」と強く思うようなことは無くなったものの、いろいろとプログラミングを学びました。

しかしそこで僕が作ったプログラムは、円周率を計算するプログラムだの、ゲーム「女神転生」の悪魔合体の法則をシミュレーションするシミュレーターなど、およそゲームプログラミングとはほど遠いものでした。でも、なんだろう、それも楽しいな…。

そのあたりから薄々気付くようになりました。僕は、「ゲームを作る」ために一番必要な創造力やクリエイティブの才能はあまり無い。でも、自分が書いたプログラムによって、コンピューターが一糸乱れず論理的に動作するということにはすごく喜びを覚える。物事は普く、論理で動いている。その「論理」を解き明かし、自分で記述する。おお、これこそが僕の「好き」だったのだ…!

大人になり、念願のプログラマーになることができました。今でも日々、工場や研究所向けの特殊な業務アプリをプログラミングによって作っています。一般に「プログラミング」といってイメージするようなWebページ製作やスマホアプリなどとは程遠い世界です。でも、僕はこれが「好き」なんだ。

子供の頃になりたかった職業や、子供の頃に好きだったことというのは、とても大雑把でざっくりしています。でも、歳を重ねて大人になるにつれ、自分の本当に「好き」なことは何だったのかがどんどん具体的になってきます。あるいは、大人になってから新しい「好き」に目覚めることもあるかもしれません。

もっと身近な「好き」もある

僕の場合は幸い、子供の頃にイメージした「好き」と、大人になってから具体化した「好き」がそれほど遠いものではありませんでした。職業としても、それに極めて近い職に就いています。

でも、世の中そういうラッキーな例ばかりではありません。自分がなんとなく「こういうことがしたい」と思っている職業とは程遠い仕事をしている人もたくさん居ます。

そういうときはまず、日々の仕事に一度真剣に取り組んでみてください。そうする中で、何か見つかるものがあるはずです。

単なる書類の事務処理を行うだけの仕事であっても、書類を効率よく捌くことが得意な人は、実は自分は物事を効率化させることが好きだったんだ、ということに気付くかもしれません。

お客さんに商品説明をするような仕事をしているうちに、「それ、いい商品ねぇ。買うわ!」と言ってくれるお客さんの笑顔がうれしくなり、実は自分は何かを説明することによって人に喜んでもらうことが好きだったんだ、ということに気付くかもしれません。

清掃業務の仕事をしているうちに、高速にブラシでこすることによって汚れが落ちることに感動し、自分の腕力を存分に発揮できる仕事が好きだったんだ、ということに気付くかもしれません。見よ、この力強い上下運動を。並の筋力量では真似できまい。

あるいは、仕事はいまいちパッとしなくても、いつも金曜夕方の飲みには必ず同僚から誘われるあなた。みんなが口々に言ってくれる。「お前が社内に居ると楽しいよ」と。そう、自分は会社の潤滑油になっているんだ。人をやる気にさせるムードメーカー。それこそが自分の「好き」だったんだ…。

「好き」を見つけていこう

世の中には、この記事で言ったようなこととは別の意味で、「好きなことを仕事にしよう」と甘い言葉で勧めてくる人が居ます。カフェでMacを触る自由なワーカーになろう、ブログを書くだけで仕事になるなんて素晴らしい、やりたいことを動画発信するyoutuberこそ最高だ、等々。

それはそれで良いことかもしれませんが、十分な収入を得るにはかなりの努力をしなくてはいけません。そもそもこれらの甘い言葉は、人間が一番大好きな「怠惰」を仕事にしようと言ってきてるわけです。

これらの仕事が全てラクな仕事だなんて言うつもりはありません。むしろ逆で、とても多くの努力が必要な仕事だと思っています。問題なのは、「簡単にできる」「努力は必要ない」と言って勧めてくる輩です。彼らは確実に、人の心に棲む「怠惰」に呼びかけようとしているだけのまがい物です。

そんなものに流されていったって、結局は自分の「怠惰」を正当化するだけです。そんなまがい物の先には、生き生きした人生などありません。

そうではなくて、日々の仕事を真剣に取り組む中で、小さな「好き」を見つけるようにしてみてください。自分の中の芯にある本物の「好き」に従って仕事をしていれば、きっと人生はいい方向に向かいます。

そのようにして生きてきたであろう便器メーカーの彼は、いつしかチームの主任になり、おそらく給料もかなり上がったことでしょう。「好き」なことをして生き生きとした人生を送りながら。

僕の幼稚園の頃の夢

最後に、僕が幼稚園の頃に書いた「大きくなったら何になりたい?」を大発表。ほとんどの幼稚園はそういうのを書くイベントがあったと思います。僕も1年に1回、合計2回ソレを書きました。その紙はもう残っていないですが、今でもハッキリ覚えています。何と書いたか、そしてその理由まで。

1年目:「おみずやさん」

お水屋さん? なんだそれ、ウォーターサーバーを売り歩く怪しい業者か? おいしい水があまりにもおいしすぎて、それになりたいと思ったのか?

そうではありません。当時は古い家だったので、毎月水道局の人が水道料金を計算するためにメーターを確認しに来るんですよね。僕は4歳くらいのその頃から、何かと数字にまつわることが好きで、まぁそれが高じて大学では数学専攻にまでなったんですが、とにかく子供心に、メーターの数字を記録してる水道局のおっさんにすごく興味があって。

すうじをしごとにできる! ぼくもおみずやさんになりたい!

要するにそういうことでした。

2年目:「しゃちょうさん」

おっと、急に現実的なのがきた。5歳にして、経営者になりたいと思っていたのか?

そうではありません。ウチの家は裕福ではないが貧乏でもない、極めて一般的な家庭でした。父は厳格でもなんでもなく、仕事人という感じでもありません。それどころか、定年まで万年係長だったくらいです。

よく遊んでくれる優しい父、というほどでもありません。もう、何から何まで普通です。休日はパチンコに行くこともあり、夜は酒を飲んでいい気持ちになりながら野球を見る。

でも、いつも笑ってました。仕事の愚痴なんて一度も聞いたことがありません。とにかくそんな平凡の極みの父。でも、そんな平凡な仕事を愚直にこなすことこそが、安定した生活を支える唯一の秘訣。

5歳の僕にそこまでの分析力はありませんでしたが、なんとなく感じていました。「仕事をする人はすごい」と。だから最初、大きくなったら何になりたい? と聞かれて「かいしゃのひと」と書いたんです。

でも先生から「え、なにそれ? しゃちょうさんになりたいってこと?」と言われて、なんだかよくわからず「うん」って答えて、「しゃちょうさん」に書き換えたというわけです。

つまり、本来は「真面目な社員」と言いたかったのに、真逆の「社長」を書いてしまったというわけさ。

「好き」を仕事にするのは誰でもできる

今の仕事、辛いこともたくさんあると思います。でも、その外側に「好き」を求める前に、一度仕事の内側に真剣に向き合ってみてください。その内側にこそ、小さな本当の「好き」があるはずです。

そして今日も、そんな「好き」によって生み出された便器に、感謝をこめてうんこを発射しましょう。

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