ぷよぷよ対戦会が存続する3条件

5月 20, 2020

昔から、ゲーセンでACぷよ通を使ったものだったり、場所を借りてプレステなどを用意して行うものだったりと、たくさんの対戦会が行われてきました。今もバリバリ現役で続いている対戦会もあります。

その中には、長く続いているものもあれば、人が来なくなって短期間で終了したものもあります。その違いは何なんでしょうか?

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AC対戦会の始まり

ゲーセンでの対戦格闘ゲームが大流行していた1996年頃。どこのゲーセンでも毎日のように猛者が集まり、閉店時間の24時までずっと、「俺のほうが強い」を証明するための戦いが繰り広げられていました。

ぷよぷよにもその流れはあったのですが、残念ながら格闘ゲームに比べてぷよぷよはプレイ人口が少なく、「いつゲーセンに行っても誰かと対戦できる」というほどのプレイ人口ではありませんでした。

そこでプレイヤー達は、「この曜日は人が集まる」という風に曜日を決めて、集中的に対戦ができればいいんじゃないかと考えました。これが対戦会の興りです。

ぷよぷよの聖地である明大前ナミキや横浜セブンアイランドはいち早くこの方法を採用し、そのどちらも、店舗自体が廃業となる最後の日まで、ぷよぷよの対戦会は存続しました。

全国各地のゲーセンもこれに倣い、曜日を決めた対戦会がたくさん行われるようになりました。

これらのような原初の形の流れを汲む対戦会には、参加申請という概念がありません。人付き合いが苦手な人は別に誰ともしゃべらなくてもかまいません。誰もがいつでも対戦できる乱入対戦形式というベース部分は変わらず、人が多く集まる曜日や時間帯を示し合わせただけのものなのですから。

2010年頃になると、ゲーセン自体のプレイヤー人口が減り、ぷよぷよのプレイヤーもだいぶ減ってきました。そして世の中は、ゲーセンのゲームにあまり金を使わないようになってきました。

そこで、時間レンタル制で対戦会を開く形式が生まれました。プレイヤー側のコミュニティがゲーセン側と交渉し、例えば3時間で5000円のフリープレイというような形式にしたのです。勝ち負けに関わらず全員の負担が均等化されるので、初心者にもやさしい形式です。

家庭用ゲーム機の対戦会

一方、プレステなどの家庭用ゲーム機を使った対戦会は、なかなか開催が難しいところがありました。会場を借りる費用や、数台のゲーム機とモニタを用意して搬入する作業。それらを考えると家庭用ゲーム機での対戦会は恵まれた環境が揃ってないと難しく、いくつかの成功している例外を除けば、開催されたとしても単発で1回とかその程度のものでした。

そんな中、今現在でも続いている上野BPTは、家庭用ゲーム機対戦会の成功例の代表的な1つですね。

今まではいろいろな制約のせいで「対戦会=AC」となってしまっていましたが、ACがぷよぷよのメインフィールドではなくなった現在、このような家庭用ゲーム機の対戦会が増えていくことを期待しています。

僕の対戦会主催遍歴

僕自身も対戦会を長く主催していました。

1つは、1998年頃のハイテクランドセガ紫光対戦会。大阪梅田の阪急東通商店街の中にあるセガのゲーセンで、毎週対戦会をやっていました。大阪府民でもない僕が、毎週往復2時間以上をかけて対戦会の主催をしにいく異常さ。どんだけぷよぷよが好きやねん、って話ですワ。

この頃の僕は、まだ対戦ぷよ界に入って1年目くらいの新人。僕よりも先輩にあたる大阪のぷよらー達とたくさん対戦して勉強させてもらう一心で、場所を大阪に決めたわけです。あ、いや、半分ウソです。ほんとのところは、「そろそろ俺も強くなってきたんだけど、大阪の先輩さん方よォ、ビビってないで来いよ。ブッ潰してやるぜ」って気持ちが多少ありました。てへぺろ。

そしてもう1つは、2000年頃~2008年まで続いた、南草津(瀬田)ジャングル対戦会。終了から10年以上経った今も、僕がぷよ界に残した1つの仕事として、誇りに思っています。

始まりは、大学の最寄駅の南草津駅前ゲーセン「ジャングル」にぷよぷよが置いてあったのを、僕の師匠である4研EPMが発見したのがきっかけ。対戦台にしてもらったりその他もろもろの交渉をEPMが店側と行い、毎週プレイヤーが集まるようになりました。

EPMの大学卒業を機に、大学の同級生だった僕が対戦会を引き継ぐことになりました。余談ですが、通ってた大学は僕の実家から歩いて5分。つまり、大学を卒業しても、僕はずっと南草津の民なんですよ。

そろそろ関西で敵無しになって天狗になってた僕は、「俺とやりたきゃジャングルに来いよ。揉んでやるぜ」ってな感じで毎週対戦会をやってました。

南草津ジャングル跡地
南草津ジャングル跡地。現在は別店舗になっていますが、特徴的な外観は健在です。

その後は徐々に若手に抜かされていくわけですが、僕は別に「もう勝てないからやーめた」とか腐ったりせず、むしろ若くて強い人がどんどん現れるのがうれしくて、頻繁に彼らをジャングルに呼ぶようにしました。名古屋?横浜? いいよ、遠いけど来て来て。ウチに泊まっていっていいから。

後半の頃は僕も多忙になってたんですが、ぷよぷよが好きすぎてジャングルの店員になってしまってたしゅーえん君がうまく代理で対戦会を引き継いでくれたので、最後まで続けることができました。

対戦会が存続する3条件

いろいろな対戦会を見てきて、僕自身も長く主催をした中で、対戦会が存続するには「人」の力が必要だということに気付きました。

ぷよぷよをしたいのはもちろんですが、それ以上に、対戦会に行きたくなるモチベーションとは何か。それは一言で言えば「あの人が居るから自分も行く」ということに尽きると思います。誰々に会いたいから行く。でも、誰々が居ないのなら行かない、じゃぁ僕も行かない、私も行かない…。

人が多ければ多いほどますます多くなり、人が少なければ少ないほどますます少なくなる。別にぷよぷよの対戦会でなくても、人が集まるコミュニティの仕組みってのは、こういうことだと思います。

では、人がますます多くなるために必要な3条件とは何か。それはズバリ、

  • 主(ぬし)
  • エース

であると、僕は考えます。

主(ぬし)

対戦会の主催者。もしくは、実際の主催者じゃなくても、その対戦会の方向性を決定付けるようなムードメーカー。

店側との交渉や開催の告知、対戦会記などの執筆を行う、まさに「主(ぬし)」。対戦会は、主の考え方で方向性が決まります。

僕が主だったときは、とにかく実力主義で、強い奴どんどん集まれ的な感じでした。その一方で、晩飯を全員で行ったり、ゲーセン閉店後も朝まで飲むために居酒屋に連行したりと、プレイヤー間の交流を大切に考えていました。(←朝までは迷惑^^;)

他にも、主の考え方が初心者に寄り添ったものならそういう雰囲気の対戦会になりますし、もっとオフでの交流(温泉行ったりスキー行ったり)を重視するような主も居ます。

重要なのは、「主は、自分がやりたいことをやる」ということ。世の中の他の対戦会はこうだからと、自分がやりたくもないことをやろうとすると、どこかにほころびが見えてきます。そうじゃなくて、他のことはさておき、自分のやりたいことをすればいい。それこそが、最も長く存続する秘訣ですから。

エース

対戦会に行く以上は、やっぱり強い人と戦いたいものです。対戦会の看板となる強いエースプレイヤーの存在があれば、その対戦会には人が多く集まり、長く存続するでしょう。

主がエースを兼ねる場合もあります。その場合は特に難しいことはありません。

逆に主とエースが別々の人である場合は、エースが対戦会に来なくなるということがないように、主は細心の注意を払わなくてはいけません。

いや、別に男でもいいんですけど。要するにアレですよ、わざわざ移動時間をかけてリアルの場に行く以上、浮いた感じのアレの1つや2つ無いと、ねぇ?

「ぼ、ぼくはそんな理由でぷよぷよをしてるんじゃないッ!」

ってどんだけ言っても、そこは所詮人間。いいんじゃよ、人間だもの。そりゃぁ何事も、男女比1:1のほうが楽しいじゃん。

男が女を呼び、女が男を呼ぶ。それがいい具合にまわっていけば、対戦会はきっと繁栄します。

それ、ぷよと関係ないじゃん? って思うかもしれませんが、人間が人間である以上、それは仕方の無い事。ええんやで、楽しくやろうよ。

結局はサークルと同じ

対戦会が「ぷよである」ということを除けば、結局はサークルとか学校とか会社とかの、世の中のいろいろな「組織」と同じなんじゃないでしょうか。

ぷよが好きな人が集まる。人が好きな人が集まる。自分のやりたいことを全力で楽しめば、それはきっと魅力的な対戦会になることでしょう。

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