経営者の視点

経営者の視点

副業以上ではあるけども起業未満であることを標榜するフリーランスの僕が「経営者の視点」などと偉そうに語るのはアレなんですけども。

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自粛ムード

最近よくあるじゃないですか、芸能人が不祥事を起こしたら、起用してるCMを止めたり出演している番組から降板させたりっていう、いわゆる自粛ムード。

他にも、出版した作品の内容が一部の人への配慮を欠いていたとして、回収や中止になるケース。

そんなことがあったとき、我々は

「作品に罪は無いので自粛する必要も無い」

などと口々に叫ぶわけなんですけども、どういう言い分であってもそれは、人としての信念だったり正義だったりを理由にした意見なんですよね。

経営者の至上命題とは

経営者の至上命題とは、言うまでもなく「利益を出すこと」なんですよね。それも、フリーランスの僕のように、利益が出なくても自分1人餓死すれば済むという話じゃない。経営者が利益を出せなかったら、自分を含め従業員も皆路頭に迷う事になる。そしてそれを防ぐために億を超える負債を抱えなければいけない。

経営者というのは利益を出さなくてはいけないので、経営判断というのも常に利益が出るかどうかが最大の判断材料となります。その視点で言えば、さきほどの自粛ムードの問題も、信念がどうとか正義がどうとかよりも、どのように判断すれば利益が出るか(負債を最小限に抑えられるか)が重要なわけですよ。

経営者本人の心の中は「作品に罪は無いので自粛するべきではない。それが私の信念だ」と思っていたとしても、世間からの風当たりや想定される負債を考えると、「自粛したほうがいい」という経営判断をしなければならないわけなんです。

経営というのは、信念や正義で運営できるほど幻想的なものではなく、もっと現実的でリアルなお金を扱う行為なんですよ。だから、信念を貫けなかった経営者に対してあれこれ文句を言うのではなく、信念と利益が相反してしまうような土壌を作ってしまったこの社会全体にこそ、あなたの言論の矛先を向けてもらいたい。

もちろん、倫理観が著しく欠如していたり遵法精神のカケラもないような経営の仕方は、たとえ利益が出るとしても、許されるものではありません。そうではなく、一定のモラルの範囲内でAかBかと経営判断を迫られている普通の経営者に対しては、そのあたりの我々一般人とは違う「経営者の立場」という視点に立たされているということを念頭に置いておきたいと思うわけです。

ブラック企業

おびただしい量の残業時間、高価なくせに粗悪な商品やサービス、安全基準を満たしていない食品や建設。そういういわゆるブラック企業がよく話題になります。

我々労働者や消費者の視点からすれば「フザけんな、改善しろ、社長ばっかり私腹を肥やしやがって!」と思うわけですが、経営者の視点から見るとどういう景色が見えてくるでしょうか。

悪意のもとにこれらのブラック行為を行って自分ばかり私腹を肥やす悪の経営者は本当にダメですが、実際のところは、役員報酬(すなわち自分自身の給料)を一般社員以下にまでカットして、それでも利益が出ないので頭を下げてサービス残業をお願いし、本当はもっと質を高めたいのにどうしてもそんな天才的なアイデアが出なくて粗悪品にならざるを得ない…。中小企業の経営者だとそういう人も多いんじゃないでしょうか。

だからといって、それは許されることではありません。労働基準法は守らなければいけませんし、広告とは異なる粗悪な製品やサービスを提供することもダメです。

ダメなんですが、全てのことを守りつつ利益を出すのはとても難しいことだというのもまた、1つの事実だということです。

企業倫理が正しく守られ、なおかつ十分な利益を出すことができる会社。どんな会社もそんなパーフェクトな状態であるのが理想なんですが、もしパーフェクトな会社以外が全て淘汰されるとすると、一体何割の会社が消滅してしまうでしょうか。

ブラック企業は淘汰されるべきですが、それは多分、この世から大半の企業が消滅してしまうことを意味するでしょう。人が過労死したりせず、粗悪な商品で被害を被らないような世の中というのは我々全ての人間の望みですが、その理想の世界を作る事を阻んでいる本当の敵は何なのか、答えが見つからないまま悩み考え続ける毎日です。

e-sportsの賞金

2015年~2016年頃にかけて、しきりにe-sportsという単語がささやかれるようになり、ゲーム大会で賞金が何百万円とか何億円とか言われるようになりました。

そして2017年、ぷよぷよ界にも賞金化の波がやってきました。僕も昔はなんとかと言われたぷよ打ちだったのでワンチャンあるかも…とはさすがに思わず、現在のレベルで考えると実力的に無理だなぁと思ったわけですが。

ただ、「ゲームが上手いと何百万円」という話題で持ちきりになっていた頃、僕はまず真っ先にこう思いました。

「その賞金の原資はどこから出るのだろう? それだけの賞金を出しても、出す側は利益が出るのだろうか? そしてプレイヤー側は、どこかの誰かが何百万円もの大金を払ってもらえる価値があるのだろうか? その価値は、どのように提供するのだろうか?」

ゲームが上手いと賞金がもらえるというのはつまり、「ゲームが上手いこと」という価値を現実の金銭の価値に変換する作業を、どこかの誰かがしているということです。それは一体どういう仕組みなんだろうか? ということが真っ先に頭に浮かびました。

僕はイベントの仕組みや広告宣伝の仕組みをほとんど知らないので、漠然とそんなふうに思ったわけです。プロの興行者にとっては当たり前の仕組みなのかもしれませんけど。まぁとにかく、「賞金がもらえるぞ、わーい」と単純に考えるのじゃなくて、まず金の流れはどうなっているのか、ということに興味が沸きました。

いつからだろう

何を考えるにしても、消費者や労働者としての視点だけじゃなく、経営者側の視点でもモノを考えるようになったのは、いつからだろう。

フリーランスになったときからか、それとも歳を重ねてある程度の年齢になった頃からか。昔は、働けば給料がもらえるということに何の疑問も抱かなかった。というか、疑問を抱かなかった期間が僕は人より長いかもしれない。若くて才能溢れて企業面接を受ける大学4年生くらいの口からは、経営に対する素晴らしいビジョンが語られている。それに比べて、僕はそういうことに対する認識がかなり遅かったかもしれない。

そんなことを考えながらも、消費者や労働者としての一般庶民としての視点もまた、決して失ってはいけない大切なものだと改めて思う次第です。

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