ぼくが見たコンパイルという会社

5月 20, 2020

ぷよぷよは現在セガから発売されていますが、もともとはコンパイルという会社が作ったものです。コンパイルは現在は倒産していて存在しませんが、このコンパイルという会社、とても他にはない特徴を持った会社だと感じます。

ガチ勢の端くれである僕の目に、コンパイルという会社はどのように映ったのか、というおはなし。

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僕がコンパイルを知ったのは

確か1997年頃だったと思います。いや、正確にはもっと前から「ぷよぷよはコンパイルという会社が作った」ということはなんとなく知っていましたが、強く認識するようになったのはこの頃です。

1997年。ちょうどAC版ぷよぷよSUNがゲーセンで稼動し始めた頃です。それまではずっと一人で(ぷよぷよ1の頃から)ゲーセンでのスコアアタックに興じていたんですが、たまたま大学の同級生でぷよの対戦をしまくってる奴が居まして。そいつに「対戦も楽しいよ」「今度大会出ようよ」「京都にa-choっていうゲーセンがあって、そこに対戦上手い奴が集まるよ」と畳み掛けられて、僕もぷよの対戦を始めることになりました。ちなみにその同級生の名は、4研EPMです。

そもそも僕は、ゲーセンでシューティングゲームをしたり対戦格闘ゲームをしたりすることはありましたが、それはあくまで高校の同級生とかの仲間内だけで地元のゲーセンで遊ぶレベルでした。各ゲーセンにそれぞれ存在する「コミュニティ」と関わったりすることは無く、ましてや地方や全国のイベントに参加することは全くありませんでした。

そんなただのゲーム好きだった僕が、いきなりぷよぷよというコミュニティに参加することになって、そりゃぁもう目新しいことばかりでした。そこでできた仲間とは20年以上経った今でも酒を酌み交わす仲であり、僕を迎え入れてくれたコミュニティに今でも感謝しています。

そのコミュニティは、ぷよぷよが好きな人がいっぱい。コンパイルという会社がぷよぷよを作っていて、実はぷよぷよっていうのは魔導物語というRPGのザコキャラが元になってるんだよとか、毎年1回大きな公式大会があるんだよとか、そこでの優勝者はグランドマスターと呼ばれる誰々さんだよとか、地方でもたくさんイベントがあってコスプレで参加してる人も多いよとか、いろいろなことを教えてもらいました。

コンパイルの特徴

コンパイルは、ぷよぷよなどのような大きなゲームタイトルの販売だけでなく、ディスクステーションと呼ばれるミニゲーム付き雑誌を販売していました。ミニゲームは当時のフロッピーディスクやCD-ROMなどの形で雑誌の中に折り込まれていました。

また、コンパイルクラブという刊行物もありました。A5版で数十ページの小さい雑誌ですが、コンパイルに関する情報が盛りだくさん。コンパイルの社員からメッセージもたくさん書かれています。ユーザーからのイラストなどの投稿もたくさんあり、メーカーとユーザーを繋ぐ重要な接点となっていました。

コンパイルの社員にはそれぞれハンドルネームが付けられてたというのも特筆すべき点です。社員一人一人を愛称で呼ぶことで、コンパイルという会社が身近なものに感じられます。

そして、公式大会を含む各種イベントは、ユーザーサイドから募ったCSA(Compile Support Association)と呼ばれる組織が運営の協力をしていました。もとはコアなファンの集まりから発生したボランティアの集まりですが、相当な数になったので、CSAという名で組織化されたわけです。CSAに入ることはコアなファンであることの証であり、コンパイルが好きなユーザーとしては誰しも憧れたものです。

ガチゲーマーとして

一方、ぷよぷよがゲーセンに置いてあった多くのゲームの一つとして、ゲーマーという観点からこの世界に入った僕のようなプレイヤーとしては、何かそういう「コンパイルファン」とは相容れない部分がありました。

確かに、無機質な四角形のブロックを積み上げるテトリスに比べて、ぷよぷよは丸くて有機的でかわいいキャラが多いので、僕もその魅力に惹かれてプレイを始めたうちの1人です。

しかし、それはそれとして、やっぱりヤるかヤラれるかのスト2対戦の頃から対戦ゲームをプレイしてきた僕にとって、なにか方向性が違うような気がする。そのように思い始めました。

コミュニティの内部を見ても、ぷよぷよを対戦ゲームとして楽しみたいガチ勢と、ぷよぷよをゲームとしてではなく魔導物語のキャラについて語る場としたいキャラ勢とで、大きく乖離していたと思います。

ぷよ通とぷよSUN

まず最初にぷよ通とは何ぞや、ということを考えると、初代ぷよ1では多くても5連鎖で決着がついてしまうルールを拡張し、相殺というシステムを加えることで10連鎖でも15連鎖でも意味のある深いゲームに進化したもの、と言うことができると思います。

おそらくコンパイルも、相殺というシステムを加えるだけでこれほどまでに深いゲームになるとは予想していなかったと思います。より強くなりたい人たちの手でぷよぷよ通は研究され、なんと恐ろしいことに、25年経った今でもその研究は続いています。

さて、ぷよぷよ通がヒットしてから数年後、コンパイルは新しいぷよを作る必要性に迫られました。当時のことを語る製作者のインタビューを最近どこかで見たんですが、とにかく、通を超えるようなものはとても思いつかない、でも新作出すしかない、というジレンマがあったようです。

そして登場したのがぷよSUN。しかし、ゲームというのはあまねく、複雑にすればするほど深さが失われてしまうものです。シンプルイズベスト。将棋や囲碁のようなシンプルなルールにこそ、何百年も研究する価値のある深さがあるのです。

誰もが手に取って遊んでみたくなるゲームに仕上げたのはコンパイルだけれども、それが25年も遊べるゲーム性を内包していたのは偶然であり、その「シンプルイズベストこそ深さの源」というメカニズムをコンパイル自身が理解できていなかった。

当時、次期公式大会をぷよSUNで行うと決定した際、ガチコミュニティから撤回を求める多数の署名が集められたという事件がありました。こんな底の浅いぷよSUNじゃなくて、まだまだ研究の余地があってゲーム性の深いぷよ通を使用して公式大会を行うようにメーカーに迫ったわけです。

ぷよぷよ~ん

コンパイルは1998年、和議申請を行いました。和議申請とは、簡単に言うと倒産です。

ぷよぷよがヒットしたとかしなかったとかというより、セオリーを無視したむちゃくちゃな経営計画がその原因だったと言われています。

その後、コンパイルが完全に消滅する前の1999年に、家庭用ゲーム機オンリーでぷよぷよの4作目となるぷよぷよーんが発売されました。

ぷよぷよーんは間単にいうと、キャラごとに特技があって、ゲージを溜めることで発動できるというものです。その特技というのが、フィールドのおじゃまぷよをランダムに4色のぷよに変えるとか、フィールドに大きな「X」を描いたところのぷよが消えるとか、とにかく3連鎖すら困難な初心者にとってはありがたいけど、それ以上の一般プレイヤーにとってはただただ自分の作った連鎖を破壊するだけの邪魔なものでしかありませんでした。

コンパイルが目指したぷよぷよ

当時、単なるガチゲーマーの1人の僕としては、コンパイルの採ったこういう方向性に全く納得できませんでした。せっかくぷよ通という深いゲームが誕生したのに、それに逆行するかのようなコンパイルの挙動。

しかし、この流れをじっくり観察すれば、コンパイルという会社が何を目指していたのかが見えてくるような気がします。

コンパイルはとにかく、ユーザーとの結びつきをとても大事にしている。定期刊行物でユーザーとの距離を縮め、ゲームだけでなくアニメ的キャラをも含むサブカルチャーの理解者として、サブカルチャーが好きな人たちの一種のファッションリーダーとなっている。

ゲームをしててもいいんだよ、アニメキャラが好きでもいいんだよと、ユーザーに絶対の安心感を与えてくれる理解者。それがコンパイルという会社なんじゃないでしょうか。

普通なら、ゲームを買う人は、そのゲームが好きだから買う。でも、コンパイルのファンの場合は、コンパイルが好きだから買う。他のメーカーでもそういう一面は多少なりともあるけれど、コンパイルの場合がそれが突出しています。他のメーカーには無い唯一無二の特徴だと思います。

ぷよぷよも、そういうゲームのうちの一つであることを目指したんだと思います。僕がぷよの世界を知った1997年以前は、公式大会の上位者はコンパイルファンばかりでした。これはある意味当然で、ファンなら真っ先に新作の情報をキャッチし、ファンであるからこそ熱心にゲームに打ち込むからです。コンパイルも、そんな人にこそ大会の優勝者であってほしかった。

しかし、世の中にはガチでゲームをやるガチ勢も存在します。時が経つにつれ、ガチ勢の能力はファンのそれを凌駕します。そして、そんなガチ勢を中心にコミュニティが形成されます。こうなると、もはやコンパイルにはコミュニティをコントロールすることはできません。「あなた優勝したからコスプレして登壇してください」と言っても、もうコミュニティはそんなことには従わないのです。

そしてコンパイルもまた、ガチ勢、というか競技者という類の人間をコンテンツ化するノウハウを持っていなかった。競技者をどう扱っていいかわからず、「よくわからないもの」として競技者の存在を頭の中から除外した。

ぷよぷよ以降

コンパイルが消滅した後、会社の形を変えながらも、2つの落ちゲーを世に放っています。「ポチッとにゃ~」と「にょきにょき たびだち編」というゲームですが、あまり知られていません。

少しだけプレイした感想ですが、他の人があまりこのゲームを知らない中で自分だけが熱心に研究すれば、ある程度上達できると思います。情報量のアドバンテージを取れば、日本一になれるかもしれません。しかしやはり、ゲームをゲームとして1Fの挙動まで研究するガチ勢や、ありとあらゆる形を網羅的に研究して統計学を駆使して極めようとするガチ勢が台頭すれば、結局ガチ勢の天下になるような気がします。

これらのゲームを元コンパイル社長の仁井谷氏が世に放ったとき、「ぷよぷよでの失敗を改善したゲーム」とコメントしています。失敗したのは経営のほうなんじゃないかとか、ぷよぷよは何も失敗なんかしていないとか、ツッコみどころはたくさんあると思います。

しかし、コンパイルの目指したぷよぷよが前述のようなものであるとすれば、なるほどと思う部分もあるような気がします。そしてこれは完全に僕の邪推ですが、「にょきにょき たびだち編」の「たびだち編」にその想いが隠されている気がしています。

どういうことかというと、熱心なファンよりガチ勢のほうがコミュニティの多数を占め始めた段階で、大きくルールを変更した別の「○○編」を出すことで、永久に熱心なファンがゲーム上でも優位に立てる仕組みを考えていたのではないか、と。

コンパイルは、というより仁井谷氏は、何もゲームのゲームたる部分を軽視しているわけではない。ユーザー同士が共に競い合ってその中に楽しさを見出すというゲームの本質の部分も、十分に提供していきたいと考えていると思われる。ただ、その結果栄光を勝ち取る上位プレイヤーも、それに憧れる数多のプレイヤーたちも、全てがコンパイルファンで無ければ「コンパイル流」は完成しない。

ただストイックなだけでコンパイルファンだとは必ずしも言い切れないガチの競技者がユーザー上位に立ってしまっては、コンパイルが一番得意とする方法でユーザーに価値を提供することができなくなってしまう。

ならば、ガチ勢を定期的にリセットすればいい。「○○編」と銘打つことで新陳代謝を促進して、常にユーザーの中心にコアなコンパイルファンを据える。ユーザーとの結びつきを第一に考えるからこそ、そのような将来的な計画があったんじゃないかと、そのように僕は思っています。

ぷよぷよとは

ぷよぷよは、コンパイルでなくては作れなかったと思います。

しかしぷよぷよは、コンパイルであったために自ら扱いきれずに手放すことになったとも思います。

深く研究できるほどの素晴らしいゲームなのに、深く研究されてしまうことがコンパイルにとっては失敗となる。そんな矛盾を抱えながらも、こうやって今も存続していることに関しては、ただただ感謝するばかりです。

そして、現在は販売を引き継いでいるセガですが、そのあたりの問題を上手く解決しながら我々コミュニティの要望に可能な限り応えてくださっていると思います。

ぷよぷよ今昔物語、今日はこれにて閉店。

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