ビジネスの中抜きは善か悪か

多重下請けや派遣というビジネスの構造において、いわゆる中抜きというものがしばしば取り沙汰されます。

みなさんは中抜きという言葉にどのようなイメージをお持ちでしょうか。あまり良いイメージを持っていない人が多いのではないでしょうか。

そのあたりのことについて考えていきたいと思います。

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「中抜き」の本来の意味

実は、中抜きという言葉の本来の意味は、中間業者が利益を取っていく(悪く言えば横取りする)ことではありません。それどころか、本来は真逆の意味なんです。認識のズレが生じないよう、そこをまず整理してみます。

一般的にイメージされる「中抜き」、つまり中間業者が利益を取る形は下図のようなものです。

一般的な中抜き

発注者は一次請けに100万円で仕事を発注します。一次請けの会社は利益を30万円中抜きして、70万円で二次請けに発注します。

例えばこの仕事が、小屋を建てる仕事だったとしましょう。一次請けの会社が屋根の部分を造り、二次請けの会社が小屋本体を造るという作業分担だったなら、大体3:7だよねってことで納得がいくかもしれません。

しかし、多重下請け構造のほとんどのケースでは、一次下請会社は何も造らないし、現場にも来ません。よくわからないまま請求書が一次下請会社を経由し、よくわからないまま利益が抜かれています。そりゃぁ、怒りたくもなりますよね。


以上が一般的な中抜きのイメージですが、ビジネス用語としての「中抜き」は本来、全く逆の意味なんです。それは下図のようなものです。

本来の中抜き

もともと一次請け経由で発注していた仕事を、内緒で一次請けをすっ飛ばして(中間を抜かして)直接二次請けに発注する行為。これが本来の意味の「中抜き」です。

実はこの行為、ビジネスの世界では御法度です。特に、直接仕事を請けた二次請けの会社は重罪です。仮にこのような話を発注者から持ち掛けられても決して無断で応じてはいけないですし、一次請け会社にしっかりと報告・相談をしなければいけません。

ましてや、二次請け側から発注者にこのような話を持ち掛けた(中抜き営業をした)場合、業界から永久追放されることも覚悟しなくてはいけません。話を持ち掛けただけならバレないだって? いやいや。こんな営業をされた発注者は、「あの二次請け、やべェぞ」ってことで、必ず一次請けに報告をします。そして横の繋がりを通じて、業界の全企業に「あいつやべェ」って情報が共有されます。要するに、終わります


このように、「中抜き」という言葉は、一般的なイメージビジネス用語本来の意味とで、真逆のものとなっています。一般的なイメージでは、中間業者が存在することが「中抜き」。一方、ビジネス用語本来の意味では、中間業者が存在しないことが「中抜き」。

言葉というのは生き物です。だから、どっちが正しい使い方だとも言えません。例えば「確信犯」という言葉をよく耳にすると思いますが、本来の確信犯の意味はみなさんがイメージしているものと真逆です。

当記事では、一般的にイメージされるほうの意味で「中抜き」という言葉を使っていきますので、その点ご留意ください。

中抜きの実例

2021年6月末、ある実業家M氏と、youtuber事務所L社のI会長の間でちょっとした揉め事が起こりました。

実業家M氏は予算1億円を投じて、最終的に武道館でライブをすることができるようなアイドルを誕生させたいと考えていました。そこで白羽の矢が立ったのが、youtuber事務所L社のI会長。I会長はこれまでにもアイドルをプロデュースした経験を持っていて、しかも多数の有名youtuberクリエーター(ユーチューバー)を擁する事務所の会長でもあります。

このプロジェクトの業務は多岐に渡ります。楽曲の制作、イベントの手配、タレントのレッスン、マネージャーや裏方仕事の人員確保、などなど。

これら全ての業務を一任されたI会長は、それぞれの業務を手配し、毎月毎月その月にかかった費用をM氏に請求していました。

しかし6月のある日、突然M氏激怒。理由はたくさんあるのですが、主なものは以下の通り。

  • 仕事のクォリティが低い
  • 請求の内容が明確でない
  • 現場に来ているスタッフの人数が、請求書に記載されている人数より少ない。架空の人件費を請求しているのではないか?
  • I氏は中抜きをしないと言っていたが、現場のスタッフに確認したところ、M氏がI会長に支払った額の半分しかスタッフは報酬を受け取っていない
スタッフ中抜き

I会長はM氏の言い分に対して、一部は認めて謝罪していますが、その他多くに関しては反論しています。

M氏とI会長のバトルについては、もっと詳しい方がいろいろ考察されているので、そちらを参考にしてください。当記事では、この実例をもとに、スタッフに対する中抜きについて一般論の観点から考えていきたいと思います。

受注企業のスタッフに対する中抜き

先ほどの例では、発注者(M氏)が60万円で受注会社(L社のI会長)に発注を行ったのに、スタッフには30万円の報酬しか支払われていません。中抜き率50%ということになります。そもそもI会長は「中抜きをしない」という約束をM氏と交わしていたのに、実態は50%の中抜き。

これに対してI氏はこう反論しています。

I会長

スタッフ1人を動かすのにも、会社としてはそれ以上の経費がかかる。その経費も合計した結果、60万円で請求した。「中抜きをしない」というのはあくまで私(I会長)自身が余分に利益を取らないという意味。スタッフ本人に支払った報酬は30万だが、会社の経費も含めた場合の原価は60万なので、原価のまま(余分な利益をとらない形)で請求した。これは中抜きではない。

I会長の反論は一見無茶苦茶に思えるかもしれません。余分に利益を取らないというのが仮に本当だったとしても、スタッフへの報酬の倍の金額が経費としてかかるなんて、本当にあり得ることなんでしょうか?

しかし、一般論の観点から、敢えて言います。これは普通に、あり得ます

会社がスタッフを一人動かすとき、実にさまざまな経費が発生します。スタッフのスケジュール管理、会社持ちの交通費、そのスタッフの社会保険料(会社負担分)、スタッフが円滑に仕事ができるようにサポートするための裏方人員や福利厚生費、などなど…。

サラリーマンを経験された方は、会社からこう言われたことは無いでしょうか。

給料の3倍は稼いでもらわないと困る」

これは別に、会社が無茶なことを言っているわけではありません。本当にそれくらいの売上を上げないと、会社は赤字になってしまうのです。業種や職種によっては、5倍10倍稼いでトントンの場合もあります。

一般論で言えば、50%という中抜き率は、何ら不思議な数字ではありません。

M氏とI会長間のこの実例において、50%という中抜き率が妥当だったかどうかは、業務内容や契約内容によりけりなので、どちらとも言えません。また、M氏がI会長に対して激怒している点は他にもたくさんあります。現時点(本記事執筆:2021年7月5日)では意見が食い違ったままですが、この先解決に向かうことはあるのでしょうか。

元請企業の下請企業に対する中抜き

最初に示した元請企業(一次請け)の下請企業(二次請け)に対する中抜きも、実はわりとよくある話です。

元請から下請

このような例の多くで、一次請け企業はほとんど何も実務を行いません。現場に来ないことが多いですし、来たとしても、一日中突っ立ってるだけです。

この中抜き業者は一体何をやっているのか、と思うかもしれません。しかし、ビジネスの世界というのは、権利の世界。発注者のもとに一次請け企業の営業担当者が足しげく通い、時には商品をアピールし、時には世間話をし、時にはゴルフ接待をし、信頼関係を築いていきます。そしてその営業活動が実った結果、「うむ、あなたのところの商品を買いましょう。今後も自由にいろんな商品を売りに来てもいいですよ」という、売る権利を得ることができるのです。

二次請け企業はそのような営業活動をする必要はありません。そのあたりは全部一次請け企業がやってくれます。全部やってくれたからこそ、仕事をもらうことができるのです。

また、一次請けは大きな責任を背負ってくれる緩衝材にもなってくれます。発注者(エンドユーザー)が超巨大企業だった場合、仕事のスケールもとても大きいものになりますが、その反面トラブルが発生したときの責任もまた巨大です。億を超える損害の賠償を請求されることもあり得ます。

もし、超巨大企業と一介のフリーランスが直接取引をしていて、突然「損害を被った! 1億円払え!」って言われたら、ひとたまりもありません。ここにもし一次請け企業のような中規模の中間業者が入っていてくれれば、うまく責任を分散させてくれます。末端の下請け企業や末端のフリーランスは、「こら!」って怒られるだけで済まされます。

多重下請け構造と中間業者の中抜きには、それなりに意味があるのです。これをおろそかにして、まかり間違ってエンドユーザーにこっそり直営業(本来の意味での中抜き営業)をしたりなんかすると、一次請け企業が激怒するのはもちろん、エンドユーザーにさえ悪い印象を持たれます。そんなビジネスのイロハも知らん奴は、全方位から総スカンを食らいます。


また、中間業者をすっ飛ばして、直接金額の話をするのもルール違反です。

直接金額を聞いてはいけない

自分が二次請けの立場だったとして、自分は70万円の報酬をもらってるけど、中抜きされる前の本当の価格はいくらなんだろう? と気になることがあるかもしれません。

でも、このような話をすることはルール違反です。逆に発注者側が「ウチはあなたに100万払ってるつもりなんだけど」と金額をバラすのもダメですし、「本当の報酬はいくらなの?」と聞かれても答えてはいけません。

中間業者をすっ飛ばして金額の話をするのは一般的にはアウトですが、これが許されている業界や、最初からオープンにしている業界もあります。業界それぞれのルールをしっかり先輩や上司から学び、うっかりやべェことを口走らないように気を付けましょう。

ちなみに僕の場合、取引先によって多少違いますが、大体下図のような流れになっていることが多いです。

僕の場合

この図だと僕は3次請けになります。この例では間に立つ一次請け企業も二次請け企業にもそれぞれの担当部分がありますが、案件によっては一次請け担当部分・二次請け担当部分がほとんど無いかゼロのものもあります。そんな場合でも、しっかり中抜きされます。でも僕は、その中抜きをちゃんと納得しています。

というか、むしろ中抜きして欲しいくらいです。そのおかげで僕は、苦手な営業活動をしなくてもいいし、ちょっとミスしても笑って許してもらえるし、行きたくもないゴルフに行かなくてもいいようになっています。

実は僕はもともとこの二次請け企業の社員だったので、二次請けから一次請けへの見積りを何度も作りました。つまり、どれだけ中抜きされているか知っています。えーっと、50%っす。普通は中抜き率を知ることはできないですが、僕の場合はレアなケースですね。

派遣会社の派遣労働者に対する中抜き

いわゆる派遣労働者もまた、派遣会社に中抜きされています。そして多くの場合、中抜きをする派遣会社は悪だというレッテルを貼られます。

1986年に施行された労働者派遣法は2度の改正を経て、1999年には対象業務が原則自由となりました。流動的な労働力が欲しい企業にとっては、簡単に解雇できない正社員よりも、派遣会社を経由した派遣社員を(間接的に)雇用するという一つの流れができました。

派遣労働という働き方は、企業にとっても労働者にとっても、メリット・デメリット両方の側面があります。企業は自社のビジネスを展開するにはどちらがマッチしているかを比較し、派遣労働者を増やしたほうがいいなら増やし、派遣労働者を使わないほうがいいなら使わない、という判断をします。

この派遣労働という働き方の特徴の一つに、派遣会社の中抜きがあります。派遣会社もまた一つの企業である以上、一定の経費はかかりますし、利益もあげなくてはいけません。そのため、必要な額の中抜きをしなければ、派遣会社は成り立ちません。

派遣の中抜き

この図だけを見れば、怒りが湧いてくる気もわからないでもありません。自分は21万(手取りだと16~17万)しかもらってないのに、派遣会社は何もせずに椅子にふんぞり返ってるだけで9万円も中抜きしていく。フザけんな! これは現代の人身売買だ! 派遣会社のせいで自分の給料が少ないんだ! 派遣労働を広めた派遣業界の親分、T中H蔵を許してはならない!!

しかし、落ち着いてよく計算してみてください。これまでいろんな例で説明してきた通り、派遣会社も自社のために中抜きをしなければ成り立ちません。そしてその額が正当なモノであれば、中抜きは悪いことでもなんでもないはずです。

中抜きという言葉に対して何も考えずに拒否反応を示すのではなく、その中身にこそ注目をしてください。

ここに、こんなデータがあります。

一般社団法人 日本人材派遣協会

派遣労働者は派遣会社と雇用関係を結ぶことになるので、派遣会社が社会保険料を負担しなければいけません。また、派遣会社自体にも経費が発生するので、その分も負担になります。なんやかんやと計算した結果、派遣会社の中抜き率は概ね30%となっています。

しかしこの30%の中抜きは、そのまま派遣会社の懐に入るわけではありません。ましてや、T中H蔵の私腹を肥やすわけでも何でもありません。

グラフが示す通り、30%のうち約15%は派遣労働者のための社会保険料などに消え、約14%は派遣会社自体の経費に消えます。その結果派遣会社が得る利益は、わずか1.2%です。

そう、中抜き率30%くらいが、ギリギリのラインなんです。派遣会社は、労働者から搾り取ってるわけでもなければ、人身売買を気取って悪行の限りを尽くしているわけでもありません。派遣労働者に対する適切な中抜きは、悪いことでもなんでもないのです。

あくまで平均値

先ほどのグラフで示された30%という中抜き率は、あくまで平均値です。世の中にはたくさんの派遣会社がありますので、中には本当に労働者から搾り取っている悪徳派遣会社があるかもしれません。

大切なのは、「中抜きだから」とか「中抜きじゃないから」とかではなく、中抜きの内訳をしっかり調べることです。そして、自分の納得のいく働き方を選んでいきましょう。

中抜きは必要な行為

いろんなケースを見てきましたが、中抜きの理由や額が適切なものであれば、それは必要な中抜き行為です。

逆に、本当に過剰で横暴な中抜きも、残念ながら確かに存在しています。

労働者として、フリーランスとして、経営者として、自分が誰かから中抜きされている時。そんなときはまず、その理由と額と内訳を可能な限りで調査して考えてみてください。もし必要以上の中抜きをされていたのなら、それはハッキリと声をあげてもいいと思います。

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フリーランス

Posted by 4研DDT